海外の薬剤師シリーズ、第3回目、いよいよ最終回です。
今回は、アメリカでの視察研修を通じて学んだ、現地の薬剤師たちの取り組みを参考に、日本の薬剤師が実際にどんなアクションを起こしてきたのかをお届けします。
第1回、第2回では、アメリカの薬剤師教育や職能拡大について触れてきましたが、今回はその集大成で、
『具体的に日本でどう動けばいい?』に迫ります。
現場での実例や工夫も交えながら、読んだその日から実践したくなるヒントをたっぷりご紹介します。
ぜひあなたの薬局でも参考にしていただければ幸いです。
目次
アメリカ研修での薬剤師の職能拡大のきっかけ
私はこれまでに7回アメリカ研修に参加してきました。
その経験の中で得た学びや気づきはたくさんありますが、今回お話しする内容は、それらを日本の現場でどのように形にしてきたのか、2つの具体例に絞って紹介します。
アメリカ研修で私が一貫して追いかけてきたテーマは下記の内容でした。
『なぜアメリカの薬剤師は地域住民から信頼されているのか?』 これを現地で直接解明し、日本でも実現可能な形にアレンジすること。
現地では、できるだけ多くの薬剤師にインタビューを行い、その理由や背景を探ってきました。
その中でも印象的だったのが、アメリカのドラッグストアチェーンのウォルグリーンでの薬剤師のインタビューです(この話は第1回でも触れましたね)。
ここで衝撃だったのは、患者さんが薬剤師の異動をきっかけに引っ越しまでしてしまうという事実でした。
薬剤師という職業がそれほど地域に深く根付いている姿を見て、『日本でもこんなふうに信頼される薬剤師を目指すには何が必要なんだろう?』と考えさせられました。
アメリカの薬剤師は単に薬を渡すだけでなく、地域住民の健康相談の中心的な存在でした。
患者さんとの会話から生活習慣の改善まで、まるでかかりつけ医のような役割を果たしている姿に感銘を受けました。
そこで私が目指したのは、こうしたアメリカの薬剤師の取り組みを、日本の法律や環境に合わせて実現することです。
その結果、日本の薬剤師としてできる『信頼される薬剤師のための職能拡大施策』に関して、2つの取り組みを現場で形にしてきました。
アメリカで得た学びがどのように日本で形にしてきたのか、ここからはその具体的な取り組みについてお話ししていきます。
ウォルグリーンの移動検査車両
2008年、サンフランシスコのウォルグリーンを視察した際、店舗の前に移動式バスの簡易健康診断クリニックが停まっていたのを見て、思わず足を止めました。
この移動バスでは、地域住民を対象に血圧や血中コレステロール、血糖値、体脂肪率、骨密度などが測定できる仕組みになっていました。
驚いたのは、その手軽さです。
その当時、このバスはカリフォルニア州内のウォルグリーンを巡回していて、予約も不要、しかも無料で15~20分程度で診断が受けられるというのです。
スタッフに話を聞いたところ、当時、全米に10台の同様のバスがあり、地域住民の健康促進に活用されているとのことでした。
この視察体験は大きなインスピレーションになりました。
その後、日本で『健康フェア』を立ち上げる際、この仕組みをどう取り入れるかを真剣に考えるきっかけになったのです。
この後で、この体験が日本でどう形になったのかを詳しくお伝えしていきます。
ワシントン州立大学での体験入学
もう一つ印象的だったのが、2007年にシアトルのワシントン州立大学に体験入学した時の出来事です。
第2回の記事で詳しく紹介していますが、特に衝撃的だったのが大学教授へのインタビューでした。
アメリカの薬剤師の仕事の約8割はカウンセリング(服薬指導)です。
そして、そのスキルを鍛えるために、大学のカリキュラムには心理カウンセリングの授業がしっかり組み込まれているんです。
アメリカには学生のうちから、患者さんとのコミュニケーションスキルを磨く仕組みがあるんですね。
このインタビューを通じて、『日本の薬剤師も、患者さんとのコミュニケーション力をもっと伸ばすべきだ』と感じました。
その結果、日本で心理カウンセリングをテーマにした薬剤師向けの研修を実施するきっかけになりました。
アメリカで得たこの学びが、どのように日本の現場に応用されたのか。
この後の続きを読んで、ぜひ参考にしてみてください。
日本での薬剤師職能拡大の取り組み
先ほど紹介してきたアメリカ研修での2つの出来事(きっかけ)をもとに、日本で下記に紹介しする2つの取り組みを実施してきました。
【取り組み①】健康フェアの創設
この取り組みを形にするのには正直かなり苦労したのを覚えています。
アメリカの薬剤師の仕事を、日本の風土や文化に合わせて展開しようと思ったら、準備に1年近くかかったんです。
社内では『そんな利益にならないことをやる意味があるのか?』という反対意見も出ましたし、地域の保健所からは『これ、医師の仕事に抵触しない?』と懸念の声も上がりました。
でも、それでもやるべきだと思ったんですね。
アメリカの薬剤師のように、
『薬剤師として地域住民に医療を届け、病気を減らしながら元気づくりをサポートする』
そんな健康提案を実現したいと考えたからです。
そうしてスタートしたのが、日曜日の調剤待合室で開催した『健康フェア』でした。
これが始めてみたら予想以上の反響で、大盛況!
当時、こういった取り組みをする薬局は全国的にも珍しく、多くの新聞社から取材を受けました。
その後、日本中の薬局や地方自治体に広がり、地域住民の健康を推進するイベントとして定着していきました。
現在はコロナ禍の影響で休止していますが、ピーク時には社内で50店舗以上が健康フェアを開催し、年間400回以上、参加者は3万人を超えていました。
告知は薬局内のポスターやDMを使って行い、3か月に1回ほどの頻度で薬局の待合室を活用して実施していました。
健康フェアでは、生活習慣病になる前の段階で一次予防を行うことを目指しました。
参加者には血圧計、体成分分析器、骨密度測定器などを使って、自分の健康状態を無料で測定してもらい、そのデータをもとに薬剤師がアドバイスを提供する形式です。
薬剤師として、地域住民の健康を守る手助けができることに手応えを感じました。
医師が病気の治療のプロなら、薬剤師は健康を守るプロになれるはずです。
この経験をもとに、薬剤師の役割をもっと広げられると信じています。
こういった取り組みが社外でも評価され、私は徐々に複数の大学に招かれ、社内外で健康のプロとしての薬剤師の育成を行うようになっていきました。
ここで得られた知見をまとめて、大学の授業の形にしていき、10年以上大学で『未病対策特論』という授業を行うことにつながっていきました。
【取り組み②】心理カウンセリング研修を開催
もう一つ取り組んだのが、社内での心理カウンセリング研修の開催です。
当時、日本の薬科大学で心理カウンセリングを学生に教えているところを調べましたが、ほとんど見当たりませんでした。
研修開始のきっかけは、心理カウンセラーって、クライアント(相談相手)から短時間で信頼を得なければならない職業ですよね。
それなら、そのコミュニケーションのプロフェッショナルから信頼関係を築くノウハウを教えてもらおうと思ったんです。
そこで、心理的信頼関係、つまりラポールを築くためのコミュニケーションスキルを学べる心理カウンセリング研修を社内で始めました。
この研修は、スタートしてからも内容を改良し続け、現在では3年間で合計30コマ、2700分(45時間)かけてスキルを身につけられるプログラムに成長しました。
対象は入社1年目から3年目の薬剤師で、これを一緒に受けることで同期同士の横のつながりだけでなく、先輩後輩の縦のつながりも自然と生まれるようになっています。
実際に研修を受けた薬剤師たちからも、
先輩や同期と一緒に学べたことで、普段の業務で相談しやすくなった
といった声が寄せられています。
また、『心理カウンセリングのスキルがついたおかげで、自信を持って患者さんに向き合えるようになった』といった感想もあり、研修の成果を実感しています。
感想の抜粋は下記の通り。
この研修の目指すところは、薬剤師が『地域住民にとって最も身近で信頼される医療提供者』になることです。
ただ薬を渡すだけではなく、患者さんの心にも寄り添える薬剤師を育てる。
それが私たちの願いであり、今もこの研修を続けている理由です。
こうした取り組みが、薬剤師という仕事の新しい可能性を切り開いていくきっかけになると信じています。
最後に
これまでの3回シリーズでは、海外の薬剤師の取り組みについて紹介してきました。
アメリカのドラッグストアで、薬剤師がどのようにその職能を最大限に活かして地域住民から信頼を得ているのか、その実際の事例をお伝えしてきました。
そして、それを日本にどのように取り入れていけるか、具体的なアプローチについても触れてきました。
ここで紹介した事例をもとにあなたの薬局でも小さな一歩から始めてみることで、地域住民の信頼を得る薬剤師としての価値を高めていけるかもしれません。
今回は、薬剤師の職能に特化した視点でアメリカ視察研修を紹介しましたが、実はこの視察研修で得た知見は薬剤師としての職能だけにとどまりません。
薬局の経営に関する重要な視点も学び、今後日本の薬局にどのように活かせるかについても考えるきっかけを得ました。
もし次の機会があれば、薬局経営に関する内容もさらに深掘りしてお話したいと思います。
患者さんとの信頼関係が以前よりスムーズに築けるようになった